漢字の字源・語源図鑑

そもそも漢字とは、意味をもつ漢語という古典語を表記するシステムである。漢字だけで意味をもつわけではない。したがって漢字の成り立ちの解明は、字源だけでは半端であり、語源と相まって初めて正しい理解が得られる。本ブログは、漢字をその起源である原初的イメージに立ち返り、イメージ別に分類し、語源を究明することによって、その構造を解明するものである。

2018年11月

Ⅱ-a 頭部のイメージ脳

Ⅱ-a-2-ⅰ 「囟」
Ⅱ-a-2-ⅱ 【𡿺】
Ⅱ-a-2-ⅱ-ア 【脳】(腦) *nɔg➔nau(呉音ナウ、漢音ダウ)
[字源]頭の中の髄が柔らかくねちねちした情景 [コアイメージ]柔らかい [意味]のうみそ
*図は篆文。

[解説]
古典時代の中国では脳は思考の中枢とはされていない。古書に「人の精は脳に在り」とあるように、脳は精気を蓄える器官と考えられたようである。
脳の用例は古典には少なく、医学書にやや多い。これらの用例を見てみる。

①原文:腦生腎。
 訓読:脳は腎を生ず。
 翻訳:脳が腎臓を発生させる。・・・『管子』水地
②原文:人始生、先成精、精成而腦髓生。
 訓読:人始めて生まれ、先づ精を成す。精成りて脳髄生ず。
 翻訳:人が生まれるとまず精気を作り、精気が作られると脳髄が発生する。・・・『霊枢』経脈

①は人の脳について言っているが、『墨子』や『礼記』には動物の脳の記事が出ている。②は脳と精気の関係について述べている。ほかに「脳は髄の海」という記述もある。
さて篆文では匘の字体になっている。おそらく匘から腦に字体が変わったのであろう。匘は「𡿺(音・イメージ記号)+匕(イメージ補助記号)」と解析する。𡿺は単独では存在しない字で、腦・惱・瑙の「音・イメージ記号」となっている。音は腦などと同じと推測する。𡿺は「巛+囟」からできている。囟は小児の頭蓋骨にある「ひよめき」の形であるが、小児に限定しないでよい。巛は毛が生えている形。だから𡿺は頭蓋骨、あるいは頭を示している。これだけでは腦とのつながりがはっきりしない。そこで「匕」を添えている。匕は比の一部で、比のイメージ、つまり「くっつく」
というイメージを添える。「くっつく」は物理的イメージとして「ねちねちとくっつく、粘着する」というイメージを表すことができる。要するに頭蓋骨の内部のねちねちとした物質、つまり「のうみそ」(脳髄)を暗示させるわけである。
後に字体が「𡿺(音・イメージ記号)+肉(限定符号)」に変わった。匘の匕を肉と取り替えて、身体と関係があることを指示した。
以上は字源から見たが、語源も見る必要がある。脳は農・膿(うみ)・尿・乳などと同系の語である。これらは「柔らかい」というコアイメージがある。頭の内部にある柔らかいもの(のうみそ)を脳という。脳が囟からできているのは、囟が頭と縁があるとともに、「柔らかい」というイメージ
があるためである。

〈同源語のグループ〉
a-2-ⅱ-ア 「脳」 本項。
a-2-ⅱ-イ 【悩】(惱) 「𡿺(音・イメージ記号)+心(限定符号)」𡿺は「柔らかい」のイメージから「ねちねちとくっつく」というイメージに転化。心がいつまでもねちねちと思い続けて踏ん切りがつかない情景。なやむ意味。

Ⅱ-a 頭部のイメージ細

Ⅱ-a-2-ⅰ 「囟」
Ⅱ-a-2-ⅰ-イ 【細】 *ser➔sei(呉音サイ、漢音セイ)
[字源]糸が細く小さい情景 [コアイメージ]細い・細かく分かれる [意味]ほそい
*図は篆文。

[解説]
まず古典における細の用例を見る。

①原文:膾不厭細。
 訓読:膾は細きをはず。
 翻訳:なます料理は、細く切ったものでも嫌いではない。・・・『論語』郷党
②原文:天下大事、必作於細。
 訓読:天下の大事は必ず細よりおこる。
 翻訳:天下の大事は必ず小さな事から起こる。・・・『老子』六十三章
③原文:不矜細行、終累大德。
 訓読:細行を矜しまざれば、終に大徳を
ねん。
 翻訳:細々した行いを惜しまずやれば、大きな徳が得られよう。・・・『書経』旅獒
④原文:由與賜、細人也。
 訓読:由と賜は細人なり。
 翻訳:由と賜は詰まらない人
物だ。・・・『荘子』庚桑楚

①は幅や厚みが小さい(ほそい)の意味、②は小さい意味。「細大」というように大の対語。③は細々している(細かくてごたごたしている)の意味、④は小さくて取るに足りない(詰まらない、卑しい)の意味である。
①が最初の意味で、これを古典漢語では*serという。この聴覚記号を再現させる視覚記号を細とする。
細は「囟(音・イメージ記号)+糸(限定符号)」と解析する。囟は小児の頭蓋骨にある「ひよめき」から発想され、「細い隙間」「細い・細かい」というイメージを示す記号である。糸は糸と関係があることを指示する限定符号。限定符号の役割の一つは図形的意匠を作るための場面設定である。したがって細は糸が細い情景である。ただし糸は意味素には入らない(「糸が細い」という意味ではない)。
以上は字源から説明したが、語源はこれと少し違う。細は死・西・洒・洗などと同系の語で、これらは「細かく分かれる、分散する」というコアイメージがある。物は分散すると細かくなり、小さくなる。また細々とした状態になる。だから細は「細い」という意味から、「小さい」「細々している」という意味に展開する。

Ⅱ-a 頭部のイメージ囟

Ⅱ-a-2-ⅰ 【囟】 *sien➔siĕn(呉音・漢音シン)
[字源]小児の頭蓋骨に隙間のある情景 [コアイメージ]細い隙間・細い・軟らかい [意味]ひよめき(おどり)
*上図は囟の篆文。
[解説]
幼児の頭蓋骨の前後には閉じていない部分がある。その部分を図形化したのが囟である。囟(䪿門シンモン・顖門シンモンという)は呼吸とともに脈打ち、押すと軟らかい。故人は呼吸は気の一種を体内に出し入れすると考えた。主に口や鼻からであるが、小児の囟も気が出入りすると考えたようである。日本語では「ひよめき」「おどり」というが、医学用語では泉門(おそらく䪿門のなまり)という。泉門の形態的特徴から「狭い隙間を出入りする」「細い隙間」「細い・細かい」「軟らかい」などのイメージを示す記号となり、思・細・脳などに含まれる。

Ⅱ-a-2-ⅰ-ア 【思】 *siəg➔siei(呉音・漢音シ)思
[字源]心臓が働いて気を出し入れする情景 [コアイメージ]㋐細い隙間から出入りする ㋑細い・細かい
[意味]おもう
*右図は思の篆文。
[解説]
精神や思考の座が脳にあるという考えは西洋医学思想の影響であり、古典時代の中国にはなかった。したがって囟を脳と見て、脳の働きから「思」の成立を説くのは時代錯誤である。古典時代には思考の働きを心臓としている。だから「思」には「心」がついている。
思は語史が非常に古い。古典の用例を見よう。

①原文:願言思子
 訓読:願ひて言ここに子を思ふ
 翻訳:一途にあなたを思います・・・『詩経』邶風・二子乗舟
②原文:聽曰聰、思曰睿。
 訓読:聴には聡と曰ひ、思には睿と曰ふ。
 翻訳:聴力については聡明といい、思考の能力については洞察力という。・・・『書経』洪範

①は対象を細やかにおもう意味、②は思い、考え(思考、思慮)の意味である。
古典漢語では①②の意味をもつ言葉を*siəgという。この聴覚記号を再現させるために作った視覚記号を思とする。
思は「囟(音・イメージ記号)+心(限定符号)」と解析する。囟がコアイメージを提供する基幹記号で、言葉の中心をなす部分。心は意味がどの分野に属しているかを指示する限定符号である。意味が心臓(こころ)と関係があることを指示する。囟は上に述べたように、幼児の頭蓋骨から発想され、その形態的特徴から、「狭い隙間を出入りする」「細い・細かい」というイメージを示す。したがって思は心臓が細々と働いて、思考を生む気を出し入れする情景と解釈できる。古人は思考を心臓の機能と見て、そんな情景を想像したと考えられる。
「思」の成立は思考と呼吸の類似性を発見したことがあずかっている。両者をつなぐのは「狭い隙間を出入りする」というコアイメージである。思(siəg)と息(siək)が音声上の類似性をもち、同系語であるのは偶然ではない。

〈同源語のグループ〉
a-2-ⅱ-ア 「思」 本項。
a-2-ⅱ-イ 【細】 次項で詳述。
a-2-ⅱ-ウ 「偲」 「思(音・イメージ記号)+人(限定符号)」。思は「細かい」のイメージから「小さく細々としている」のイメージに転化。偲は動作が細々と休みなく動く情景。きびきびといそしむ意味。「しのぶ」は日本の用法。
a-2-ⅱ-エ 「鰓」 「思(音・イメージ記号)+人(限定符号)」。思は「細い隙間を出入りする」のイメージ。水を出し入れする魚の「えら」の意味。

Ⅱ-a 頭部のイメージ居

Ⅱ-a-1-ⅰ 「古」
Ⅱ-a-1-ⅳ-ア 【居】 *kiag➔kio(呉音コ、漢音キョ)
[字源]尻を下ろして動かない情景 [コアイメージ]固い・垂れ下がる・覆いかぶさる [意味]腰を落ち着けて動かない(すわる)
*図は篆文。

[解説]
居は「すわる」という意味だが、坐とは違う。坐はすわる動作そのものだが、居はすわった後、落ち着いて動かない状態に視点を置く。古典の用例を見よう。

①原文:維鵲有巢 維鳩居之
 訓読:れ鵲に巣有り 維れ鳩之に居る
 翻訳:カササギの巣に カッコウが居座る・・・『詩経』召南・鵲巣
②原文:不遑啓居
 訓読:啓居するにいとま
あらず
 翻訳:ゆったりとくつろぐ暇もない・・・『詩経』小雅・采薇
③原文:居岐之陽
 訓読:岐の陽に居る
 翻訳:岐山の南側に住む・・・『詩経』大雅・皇矣
④原文:王徂桐宮居憂。
 訓読:王、桐宮に徂きて憂ひに居る。
 翻訳:王は桐宮に行って喪に服した。・・・『書経』太甲上

①は腰を下ろす(いすわる)の意味、②は腰を落ち着ける
意味、③は住む意味、また、住まいの意味もある。④はある事態や状態に身を置く意味である。
①②が最初の意味で、これを古典漢語で*kiagといい、この聴覚記号を視覚記号に換えて居が作られた。
居は「古(音・イメージ記号)+尸(限定符号)」と解析する。古はつるされたしゃれこうべから発想された記号で、「干からびて固い」「垂れ下がる」「覆いかぶさる」という三点セットのイメージを示す。「干からびて固い」は「固く動かない」というイメージに転化。「垂れ下がる」は「上から下に↓の形に下がる」というイメージでもある。尸は人が尻を突き出した情景で、尻と関係があることを示す限定符号に用いられる。したがって居は尻を何かの上に下ろして動かない情景と解釈できる。何かの上に尻を下ろすと下のものに覆いかぶさる姿になる。
腰を落ち着けてすわることから、ある場所に腰を据えて住む意味、腰を落ち着ける場所(住まい)の意味を派生する。

〈同源語のグループ〉
a-1-ⅳ-ア 「居」 本項。
a-1-ⅳ-イ 【据】 「居(音・イメージ記号)+手(限定符号)」。居は「固く動かない」のイメージ。手が固くこわばる意味。これを拮据という。「すえる」は国訓。
a-1-ⅳ-ウ 【裾】 「居(音・イメージ記号)+衣(限定符号)」。居は「下の方に下がる」のイメージ。衣の「すそ」の意味。
a-1-ⅳ-エ 「鋸」 「居(音・イメージ記号)+金(限定符号)」。居は腰を下に下ろす情景で、図示すると∟の形や∠の形。視点を変えれば∧
の形になる。鋸は∧の形の鋭い歯をもつ金物、すなわち「のこぎり」のこと。
a-1-ⅳ-オ 「倨」 「居(音・イメージ記号)+人(限定符号)」。居は尻を下ろす意味。倨は尻を下ろして尊大に構える情景。威張る、おごる意味。倨傲。
a-1-ⅳ-カ 「踞」 「居(音・イメージ記号)+足(限定符号)」。居は尻を下ろす意味。踞はの形に尻を下ろして動かない情景。うずくまる意味。蹲踞。

Ⅱ-a 頭部のイメージ胡

Ⅱ-a-ⅰ 「古」
Ⅱ-a-ⅲ-ア 【胡】 *ɦag➔ɦo(呉音ゴ、漢音コ)
[字源]のどに肉が垂れ下がる情景 [コアイメージ]垂れ下がる・覆いかぶさる [意味]顎の下に垂れ下がる肉(したくび)
*上図は胡の篆文。
[解説]
胡は「古(音・イメージ記号)+肉(限定符号)」と解析する。古は紐でぶら下げたしゃれこうべから発想され、「干からびて固い」というイメージ、「垂れ下がる」というイメージを表す。上から垂れ下がると下のものを覆う姿になるので、「覆いかぶさる」というイメージにも転化する。古は「固い」「垂れ下がる」「覆いかぶさる」という三つ組イメージを示す記号である。肉は肉や身体と関係があることを示す限定符号。したがって胡は肉が垂れ下がる情景。動物などの首や顎の下に垂れ下がった肉を*ɦagといい、胡の図形で表記する。あごひげは顎の下に垂れて覆いかぶさる姿を呈するので、あごひげの意味を派生する。

Ⅱ-a-ⅲ-イ 【湖】 *ɦag➔ɦo(呉音ゴ、漢音コ)湖
[字源]
水が地上に覆いかぶさる情景 [コアイメージ]垂れ下がる・覆いかぶさる [意味]
みずうみ
*右図は湖の篆文。
[解説]
湖は「胡(音・イメージ記号)+水(限定符号)」と解析する。古は上記の通り、「垂れ下がる」「覆いかぶさる」というイメージを示す。「垂れ下がる」は垂直方向である。↓の形に垂れ下がるので「深く下がる」というイメージにもなる。「覆いかぶさる」は水平の方向に視点を置くと「広く大きい」というイメージにもなる。水は水と関係があることを示す限定符号。したがって湖は水が大地を覆って、広く大きく深い情景と解釈できる。この意匠によって、「みずうみ」を意味する古典漢語*ɦagを表記する。

〈同源語のグループ〉
a-1-ⅲ-ア 「胡」 本項。
a-1-ⅲ-イ 「湖」 本項。

a-1-ⅲ-ウ 「糊」 「胡(音・イメージ記号)+米(限定符号)」。胡は「覆いかぶさる」のイメージ。物にかぶせてくっつける「のり」。
a-1-ⅲ-エ 「瑚」 「胡(音・イメージ記号)+玉(限定符号)」。胡は「覆いかぶさる」のイメージ。枝がひげのように伸びて岩に覆いかぶさって生じる生物、サンゴ(珊瑚)。
a-1-ⅲ-オ 「醐」 「胡(音・イメージ記号)+酉(限定符号)」。胡は「覆いかぶさる」のイメージ。穌(バター)の上に覆いかぶさって生じるクリーム、醍醐。
a-1-ⅲ-カ 「鬍」 「胡(音・イメージ記号)+髟(限定符号)」。胡はあごひげの意味があり、鬍もあごひげの意味。
a-1-ⅲ-キ 「蝴」 「胡(音・イメージ記号)+虫(限定符号)」。胡(あごひげ)を譬喩として、ひげのある昆虫、蝴蝶(胡蝶)。チョウチョウ。
a-1-ⅲ-ク 「鶘」 「胡(音・イメージ記号)+鳥(限定符号)」。胡は「垂れ下がる」「覆いかぶさる」のイメージ。のどの下に袋が垂れている鳥、ペリカン。鵜鶘。

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