Ⅱ-a 頭部のイメージ脳

Ⅱ-a-2-ⅰ 「囟」
Ⅱ-a-2-ⅱ 【𡿺】
Ⅱ-a-2-ⅱ-ア 【脳】(腦) *nɔg➔nau(呉音ナウ、漢音ダウ)
[字源]頭の中の髄が柔らかくねちねちした情景 [コアイメージ]柔らかい [意味]のうみそ
*図は篆文。

[解説]
古典時代の中国では脳は思考の中枢とはされていない。古書に「人の精は脳に在り」とあるように、脳は精気を蓄える器官と考えられたようである。
脳の用例は古典には少なく、医学書にやや多い。これらの用例を見てみる。

①原文:腦生腎。
 訓読:脳は腎を生ず。
 翻訳:脳が腎臓を発生させる。・・・『管子』水地
②原文:人始生、先成精、精成而腦髓生。
 訓読:人始めて生まれ、先づ精を成す。精成りて脳髄生ず。
 翻訳:人が生まれるとまず精気を作り、精気が作られると脳髄が発生する。・・・『霊枢』経脈

①は人の脳について言っているが、『墨子』や『礼記』には動物の脳の記事が出ている。②は脳と精気の関係について述べている。ほかに「脳は髄の海」という記述もある。
さて篆文では匘の字体になっている。おそらく匘から腦に字体が変わったのであろう。匘は「𡿺(音・イメージ記号)+匕(イメージ補助記号)」と解析する。𡿺は単独では存在しない字で、腦・惱・瑙の「音・イメージ記号」となっている。音は腦などと同じと推測する。𡿺は「巛+囟」からできている。囟は小児の頭蓋骨にある「ひよめき」の形であるが、小児に限定しないでよい。巛は毛が生えている形。だから𡿺は頭蓋骨、あるいは頭を示している。これだけでは腦とのつながりがはっきりしない。そこで「匕」を添えている。匕は比の一部で、比のイメージ、つまり「くっつく」
というイメージを添える。「くっつく」は物理的イメージとして「ねちねちとくっつく、粘着する」というイメージを表すことができる。要するに頭蓋骨の内部のねちねちとした物質、つまり「のうみそ」(脳髄)を暗示させるわけである。
後に字体が「𡿺(音・イメージ記号)+肉(限定符号)」に変わった。匘の匕を肉と取り替えて、身体と関係があることを指示した。
以上は字源から見たが、語源も見る必要がある。脳は農・膿(うみ)・尿・乳などと同系の語である。これらは「柔らかい」というコアイメージがある。頭の内部にある柔らかいもの(のうみそ)を脳という。脳が囟からできているのは、囟が頭と縁があるとともに、「柔らかい」というイメージ
があるためである。

〈同源語のグループ〉
a-2-ⅱ-ア 「脳」 本項。
a-2-ⅱ-イ 【悩】(惱) 「𡿺(音・イメージ記号)+心(限定符号)」𡿺は「柔らかい」のイメージから「ねちねちとくっつく」というイメージに転化。心がいつまでもねちねちと思い続けて踏ん切りがつかない情景。なやむ意味。